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| 秋 ニューヨークアートシーズン |
● 2009年11月New Yorkのアートシーン:
久々のNY,実は今年は上海にシフトしていたもので、5月のNYシーン、続く6月のバーゼル、ヴェニスビエンナーレもお休みでした。 そのなかで、もっとも行きたかったのが、6月に完成した、ヴェニスの建築家安藤忠雄氏による、フランスーピノー財団のコレクションを展示するプンタ・デラ・ドガーナ美術館、
(日本語の解説はこちらが判りやすいかな〜
!) もともと17世紀にヴェニスの税関だった建物を、グッゲンハイムとの入札で競り落としたフランスの億万長者フランソワーズ・ピノー氏が、安藤氏にリノベーションを依頼、2年の曲折を経てやっと完成した建物です。
丁度、ヴェネチアビエンナーレの開催に合わせた格好のオープンでしたが、残念ながら私の予定が11月までの会期に間に合わず、今年の課題に持ち越しました。
その分、NYで素晴らしい展覧会を見ることが出来ました。
◎ New York 美術館レポート:
今回のMoMAとオランジェリー美術館,Paris"Water Lilies" の比較:
 MoMA,new York, Monet "Water Lilies" |
オランジェリー美術館,Paris"Water Lilies" |
まず、MoMA、ニューヨーク近代美術館の「モネ」
作家が好んで描き続けた作風は有名で、パリのオランジェリー美術館(上階)は全て睡蓮の連作。今回NYでの作品はわずか6点ばかりですが、湾曲した展示は絵が見る者にすり寄ってくるかのような印象を受けます。
30号ほどの絵ではあまり感じ得なかった印象があります。どの絵も、睡蓮を描いているのですが、よく見ると睡蓮の花だけではなく池に映った風景を描いているんですね、池越しに両側のうっそうとした森、その真ん中に抜けるようなピンク色が描かれています。これは、池に映った空の明るい「青」と、夕日を受けてピンク色、オレンジ色に輝く雲、それらが鏡に映ったようにではなく、水面をかすめる風によって揺らぎ、ぼんやりと動きのある表情を水面に与えています。そして、池に咲く睡蓮、このいくつもの要素が忠実にそして作家の思うがままに描かれています。
「印象派」の傑作と唱われるモネの世界、まさに、風景画に光や風をふんだんにちりばめた最高の作品群です。
さて、続いて、グッゲンハイム美術館の「カンディンスキー展」。
ここ、グッゲンハイム美術館はご存じフランクロイドライトの設計で有名ですが、展示空間は螺旋スロープを上る(下る)様になっていて、緩やかなカーブを約6階分歩かなければいけません。 通常、エレベーターで最上階まで上がり、歩きながらおりてくるのですが、今回は展示が逆になっていて下から上に年代が上がっていく様になっていました。 下から見ると初期から晩年にかけて作風が変わっていくのがよく分かりますが、上からおりてくるとさすがに時代感覚が狂ってきました。 フィルムを逆回しにする感覚です。でも、それを感じさせないのがカンディンスキーの絵画なのかもしれませんね。
同じく、グッゲンハイム美術館ではアニッシュ・カプアーの展覧会が開催されていました。 (3月28日まで)。
最初に作品の解説を少し:
記憶"Memory"(2008)は、ベルリンとニューヨークのグッゲンハイム博物館で2つの異なる展示場所をかみ合わせるために考えられた特定地域向けの仕事です。初めてCor-Ten鋼を利用した彫刻はカプーアの作風における画期的出来事を意味します。"Memory"の薄い鋼の皮膜(厚さわずか8ミリメートル)は、短命で「unmonumentalである形」を想像させます。
それがギャラリーの壁と天井の周辺に対して穏やかにちらと見て、彫刻は重力に逆らうように見えます。しかし、24トンものボリュームとして、”Memory”はそこに存在し異様でもあります。
 正面から見た作品 |
右後ろから見た背面 |
狭いギャラリーの中にきつく置かれているので、”Memory”は全てを見ることは出来ません。その代わりに、この作品はそれを理解するために、いくつかの異なった角度(他の部屋に回ったり)を必要とします。
それぞれの部屋や角度、(作品が隣接する或る部屋では作品の中を見ることが出来ます)また、作品の裏側に回り、その作品の存在感を感じることも出来ます。それらの印象的な情報(いったいどうなっているんだろう??、どういう構造・この中身は何があるのだろう?等々?)を追い求めようとするエネルギー(見る者を導く、参加させる等)がこの作家の主張したい「精神的な彫刻を作る」というコンセプトなのだそうです???!
おわかり頂けましたでしょうか?!
これら作品はその精神性によりベルリンと繋がっていて共鳴箱のように展示されているのです。
現代美術はややこしいですね??!それなりに判っていても言葉に表すとその状態を表現する「比喩」探しに苦労します。
この作家の詳細はグッゲンハイムのHPでご覧ください。作家自身が作品やコンセプトを話していますし、ベルリンの展示模様なども見ることが出来ます。
ホイットニー美術館 New York
◎ ジョージア・オキーフ「Abstraction」(抽象)~~Jan. 17 2010
さて、もう一件、今度はホイットニー美術館で開催されていたジョージア・オキーフ「Abstraction](抽象表現)展です。今年の1月17日まで。
オキーフはアメリカを代表する女流作家です。
この回顧展は
Out of the Erotic Ghetto” エロチックなスラム街から”
「啓示的な...20世紀に最も最初で野心的な芸術」
とNew Yorkerから称賛を得た展覧会です。
G・オキーフは日本ではあまり縁がないと言うか、日本の近代美術への影響が余りなかった?のか、日本画壇が女流をあまり受け付けなかったのか、よく判りませんが、紹介されていません。 ヘレン・フランケンサーラー、ルイーズ・ネーベルソンなどの女流作家もやはりこの国では少し縁遠いのかも知れません。
女性の持つエロチズムを独特な感性で描き上げた作品群には、近代アメリカ芸術事情の時代背景や、当時の交流模様が現れています。
19世紀から20世紀に移った頃の女性の地位や環境などと違い、住む環境や移動の方法(馬車から飛行機)の進化をそのまま絵画に持ち込む辺りは、この作家の独自性とも思える表現です。
ジョージアオキーフ(1887 1986)はここアメリカに於いても長く評価されることがありませんでした。「抽象画」は1915年にチャコールドローイングで描いたのがそのスタートでした。
「見えない物を描く」、このテーマは古今の作家にとって永遠のモチーフです。先ほどのカンディンスキーとも同じように、「精神性」、「物の本質や内面性」を描くことは、芸術家にとどまらず、創作活動をしている全ての人にとって、自分自身(位置、感情)を捜す行為として良く用いられてきました。
オキーフの絵はカンディンスキーやクレーの抽象画とはひと味違って、より人間味を感じさせる、「女性の内面性、哀愁」を表現しているようです。
記述では表現できないエロティズム、タブーなどがごく普通の絵画の中に織り込まれている様は、さすが「女性」の描いた作品だと感心させられます。
同時代ですが、同じく世界大戦時期を生きた未来派の女流作家、タマラ・レンピカ(1898-1980)の描く人物像とはかなり違った表現ですね。
展覧会では、オキーフ自身を撮影した、アルフレッドスティーグリッツ(オキーフの夫)の有名な写真肖像シリーズ、125点以上のオキーフの絵、図面、水彩絵の具と彫刻が展示されています。また、スティーグリッツとオキーフの手紙のやりとり(原盤)からの抜粋などがあり、アリゾナの荒野で制作を続けた女流作家の生き様を展示しています。
オキーフ自身の素晴らしさもさることながら、夫、スティーグリッツのレンズを通じて見た世界、本当に才能がある者同士はお互いの良いところをちゃんと吸収していくんですね。羨ましい〜〜!
今回のNY、展覧会事情は3つの印象的な展覧会を見ることが出来ました。面白いことに、どれも非常に精神性の高い(難解な!)部類にはいる物でした。
まあ、その時代背景によって表現が変わっても、どの時代でも探す物、言いたいことは大体同じですね。
会期の短い物もありますが、最近NYツアーもかなり格安になりましたので、是非行かれてみては如何でしょうか?
さて、次は春と秋の上海アートフェアーのレポートです。
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